古来のヨーガ修行体系を一つの書としてまとめた聖者がいました。その名前はパタンジャリ大師と言います。その書の名前は"ヨーガ・スートラ/ヨーガ根本教典"と呼ばれています。
パタンジャリ大師が生きていたのは紀元前300年頃とも言われていますが、当時既に2000年近いヨーガ修行の歴史がありましたから、その間にヨーガ行者たちに伝承されてきていたヨーガの多くの格言を収録してまとめたものがこのヨーガ・スートラとなっています。
4章まであるこの書には、ヨーガの多くの格言が記されていますが、いずれも短い言葉での格言集ですので、その意味を理解するには解説が必要なのは現代のことわざ辞典と同じことです。ですからこの書は、今でもヨーガを学ぶ者たちが必ず紐解く書になっていて、沢山の解説書が世界中で出版されています。
このヨーガ・スートラの第2章29節には、ヨーガの八部門からなる有名なアシュタンガ・ヨーガが記されています。以下にそれら八つ(アシュ)の部門(アンガ)の名前を列挙しましょう。
1 ヤーマ(禁止事項/社会次元の自己制御法)非暴力、正直、不盗、禁欲、不貪
2 ニヤーマ(お勧め事項/社会次元の自己制御
清浄、知足、努力、聖典学習、絶対者ブラーフマン信仰
3 アーサナ(ヨーガの体位法/肉体次元の自己制御)
4 プラーナーヤーマ(呼吸法/呼吸次元の自己制御)
5 プラーティヤーハーラ(制感/感覚次元の自己制御)
6 ダーラナ(精神集中法/知性次元の自己制御)
7 ディヤーナ(禅那/静慮/知性次元の自己制御)
8 サマーディー(三昧/記憶次元の自己制御)
私たちが自分という存在を上手に制御して動かす時には、私たちが自分の心身構造を知っていなければなりません。
人が自動車でも飛行機でも、また他の機械でも動かそうとする時には、それらの構造をまず最初に良く理解しておくことが操縦の為の必須条件になっています。
人間という精密機械を自在に動かすにはまず、その構造をしっかり理解しておくのです。そして私たちが学ぶ伝統的ヨーガでは、人間の心身構造を2つの仕方で説明しています。
第1の説明の仕方は、10頭立ての馬車としての人間です。この10頭立ての馬車に描かれている10頭の馬とは、それぞれ5頭の馬に象徴される5つの知覚器官(視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚)と5つの運動器官(手/授受器官・足/移動器官・生殖器・排泄器官・発語器官)の10個の器官です。
また、手綱は馬たちと御者との間での情報の授受を伝達する心理器官である意思(マナス)、そしては知性や感性の判断を下す心理器官が御者(ブッディー/理智)です。更に矢印で示してありますが、御者の後ろには我執(がしゅう/アハムカーラ)と心素(しんそ/チッタ)という2つの心理器官が控えて、御者(理智)の下す諸々の判断に、我執(アハムカーラ)が"自分の/自分が"という意識をくっつけますし、心素(チッタ)が全ての心理的残存印象(記憶)を蓄え続ける倉庫となっています。
即ち、心素が記憶袋だということです。トラウマも潜在意識も全てこの心素(チッタ)の中に蓄えられていると、ヨーガでは4千年以上前から知られていたのです。オーストリアの精神科医ジグモント・フロイト(Sigmund Freud、1856-1939) が潜在意識に気づいたのは1800年代でしたし、インドに行ってヨーガの考え方を学んで夢の分析に取りかかった心理学者カール・ユング(Carl Gustav Jung、1875 - 1961)は、一時期そのフロイトの弟子でした。いずれの西洋心理学の開祖たちも、近代になって東洋の智慧から人間心理を学んだ心理学者たちでした。しかし、ヨーガの世界では既に4000年以上前から伝承されている奥義書ウパニシャッドには以下のように記されているのです。
「真我(アートマン)を車中の主人と知れ。身体(シャリーラ)は車輌、理智(ブッディ)は御者、意思(マナス)は手綱と知れ。諸感覚器官は馬たちであり、感覚器官の対象物が道である。真我と感覚器官と意思が一つとなったものを、賢者は享受者(ボークタ)と呼ぶ」 (カタ・ウパニシャッド第3章3~4節)